Written by TOMO
Based on "Matrix" trilogy
初めて握った人間の手は暖かかった。
わたしは、ケリーがターゲットとなるメロビジアンのデータ・センターについて説明しているのを聞きながら、そのことをぼんやり考えていた。もちろん、これまでにも人間と話をしたことはあるし、握手したこともあったかもしれない。でも、今度のは単なる行きがかりではない。わたしがエグザイル ―プログラムであることを知っていてなお差し出された人間の手…。わたしもそれを知っていて、手を握った。
あら、ほんとうにわかっていたのかしらね、わたしは?人間のその仕草が、まさしく「手を握る」、つまり約束を意味しているということは理解していたわ。でも、その暖かさ(もちろんそれは当然の個体体温差の結果でしかない)が、わたしに相手が人間であるということ、その「シェル」の奥には肉体を持つ生物の意識があるのだ、ということを改めて思い起こさせたのよ。
マトリックス内の人間は、生物としての肉体が実際に存在するわ。ただ、そのすべての感覚がマトリックス内の「シェル」つまり人間としてのオブジェクトを通して受容されるようになっているだけ。シェルは人間の持つマトリックス内の「肉体」のようなものなのよ。だから、かれらは「覚醒」、つまりそのシェルを失っても現実世界で生きて行けるし、またシェルをまとって戻って来ることもできる。かれらにとっては、シェルはあくまでも「仮想の肉体」でしかないわ。
それに対して、わたしのようなプログラムは、実行環境というものがないと機能しない。与えられる「環境」つまりメモリやプロセス・パワー、そういった一切のものは、ただその「目的」に応じてのみ割り当てられる…マシンシティの「目的」に応じて。そうした目的を与えられないプログラムは、活動することはできず、良くてソースのまま永久に眠り続けるか、あっさり消去されてしまうか。不正な手段でそうしたリソースを確保するのは(不可能ではないにせよ)極めて困難なの、マシンシティでは。
でも、マトリックスで人間に与えられるシェルの管理は、マシンシティでのそれに比べれば大甘もいいとこ。それが意図的に見逃されているとしても驚かないわ。もちろん、何の疑問ももたない人間にはとても考えられないかもしれないけれど、中身のない不正なシェル…「ゾンビ」を手に入れるのは雑作もないことなの。それはザイオンから侵入してくる人間たちが当たり前のようにしていることでもわかるでしょ。ただ、難しいのは、それを維持すること。不正なシェルは常にエージェントによってチェックされていて、発見され捕捉されたら一巻の終わり。最近のエージェントののさばり方を見ればいやでも意識せざるを得ないわ。
それでも、わたしたちプログラムがエグザイルとしてマトリックスに入って来るのは、そこでなら生きるために不可欠な環境、つまり「シェル」を手に入れることができるから。わたしたちは、ただ生き延びるためにシェルが必要なの。それは最低限のものでしかないわ、プログラム本来の機能を発揮するには悲しくなるほど貧弱な環境。しかも、それは人間用に量産されるものだから、その制約にも縛られる。マトリックスの法則には従わなければならず、なにかを学習するにも人間と同じ方法で行わなければならない。わたしが「美」を創造するという生来の機能をマトリックス内の「絵画」という手法で発揮するためには、まず絵筆の握り方を練習しなければならない。どんなに才能のある人間でも練習することなしに絵筆を握れないのと同じことなの。
たしかに、自分の「ネイティブな」機能に関しては、その制約をある程度逃れることができる。でも、それはザイオンの人間がマトリックスで発揮する超能力とは全く違う。人間には「ネイティブな」超能力は全くないけれど、そのぶん、身に付けることには何の制約も無いわ(もちろん熟練度や個人的な差は別として、ね)。あの人たちは、その気になれば何でもできる。マトリックスの法則をねじ曲げてしまうこともできるわ。空を飛ぼうが地に潜ろうが、もうなんでもあり。
でも、わたしたちエグザイルが発揮できる「超能力」はネイティブなものだけ。それ以外の超能力を自然に身に付ける可能性はとても小さいわ(違法な形で人為的に機能追加を図ることはできるらしいけど、それをするのは悪意のあるやつらだけ。その秘密を握っているのも、解っている限りではやっぱりあいつ一人。ヤなやつ!)。その意味では、マトリックス内のエグザイルは、現実世界の人間と同じようなものね。その「肉体」というシェルを逃れることはできないのよ。わたしたちにとって、マトリックスは現実。そこで生き、そこで死ぬしかないまぎれも無い現実なのよ。
あらあら、とりとめのない話になってきたわね。そもそもはあのN.K.という男のせいよ。でも、あの男のなにがそんな事を考えさせたのかしら?なにかの記憶に引っかかるものがあったのかな?わたしは交わしたわずかな会話を思い起こした。
「…だって…だってあんたはそんなにきれいで…」
うふっ…いやだ、またにんまりしてる、あたしったら!気付かれなかったかな?わたしは思わず回りを見回した。まだケリーの説明が続いている。二人は集中してるみたいね。
でも、なんでかれの印象が違うかははっきりしたわ。その言葉は、幼い頃の記憶、まだパパとママと一緒にいたころを思い出させたのよ。あのころ、パパはしきりに私の戯れを見たがり、そして私の頭をなでて言ったものよ。「なんてきれいなんだ!おまえはパパの大好きな娘だよ。」
でも、マトリックスのおばあちゃんに預けられたあとは、もうパパともママとも会うことは無かったわ。もちろん、おばあちゃんは私のいたずらをとっても喜んでくれたけど…。空に色をつけるなんて派手なことをすると後始末がいかに大変かを思い知って、すぐに大人しくしていなければならなくなったもの。せめてものわたしの楽しみは、自分自身を美しくすること…単にオシャレと言うだけでもなくね。それだけが私のネイティブな能力を安心して発揮できる分野だったの。
ところが、エグザイルの男どもときたらそんなことには全く気が付きもしない。たまに道ですれ違う人たちも、一瞬の目線は投げるものの、それっきりでさっさと行ってしまう。たしかに私には、お世辞に対する免疫がなくなっていたのよ。
でも、それだけじゃない。あの人が、まったく素直に言った「きれい」という言葉は、その言葉に繋がる「感情」をそっくりそのまま見せてくれたわ。あの人は私の「作品」を素直に評価したのよ。それは、私の能力、私の存在理由を評価してくれた、すくなくともその影響をまともに受け止めてくれた。
存在理由というものがなぜそんなに大事か、ですって?そうね、人間にはちょっと理解しにくいかもしれないわね。人間は生まれつきの存在理由を持っていないわ。ただ生まれ、そしてそのあとで自らの存在理由を手に入れなければならない。暖かい家庭ですぐにそれをつかむ人もいるし、それを探して何年も苦労する人も、それが見つからない(あるいはそう思った)まま、一生を終える人だっている。人間のそれはそれぞれの自我に依存するものであって、絶対的なものではないのよ。
でも、プログラムは違う。その誕生の時点で設計された機能があり、その機能こそが生存理由なの。だからこそ、その機能がマシンシティの役に立たない、あるいはただ有効に使えるポジションがないというだけの理由で、にべもなく消去されてしまうのよ。そしてエグザイルとは、本来消去されるべきもの、すなわち持って生まれた生存理由をシステムによって否定されてしまったプログラムが必死で生き延びようとしている姿そのものなの。わかってもらえるかしら?
もちろん、エグザイルだって人間と同じように自我に根ざした生存理由を持つこともできる。わたしだって、マトリックスで生きていくためにさまざまな経験を積み、コンピュータ・オペレーションを学び、仲間ともうまくやっているわ。でも、どんなエグザイルにとっても、最終的な喜びであり苦しみでもあるのは、常にその「ネイティブな」存在理由なの。そのネイティブな機能が不要と判定されたことに対する理不尽さと悲しみは常にわたしたちに付きまとっている。だからこそ、そのネイティブな機能を発揮し、それが無意味なものではない、役に立つものなのだと実感すること、それにまさる喜びはないの。
あるものはひたすら耐え、あるものは別のものを探しもとめ、またあるものはなんとかして自分の機能を生かす道を見つけようとするわ。あのメロビジアンのもとにいるゴロツキどもだって、わたしには無条件で非難することができない。誰かを苦しめ、傷つけ、殺すことでしか自分の存在意義を見いだせないとしたら、それをあっさりと断罪することができるかしら?(それを利用するヤツは無条件で言語道断だけど。)せいぜい、なぜ他の道を選ばなかったのかとその責任を問い、その代償を払ってもらうのが関の山。わたしには、他の道が絶対にない、なんてことはないと思うの。ミサイルの存在意義は破壊するすること。でもそれで接近する隕石を破壊して大惨事を免れることができるとしたら、その何百億分の一という可能性のために待機することも立派な役目じゃない?どのような目的を持つかでその機能の存在意義は決まるのよ、それを行使すること自体ではないわ。
いやだ、また話がそれているわね。どうかしてるわ、今日のわたしは。そろそろ真面目になった方がよさそうね、もうケリーの説明も終わるわ。
「といったところかな、データ・センターに関しては。なにか質問は?」ケリーが聞いた。
「これまでの話では」アッシュが口を開く。「ミッションはデータ・センターにあるコンピュータからデータを引き出し、不要なデータを削除する、ということだとおもうけど?」
「そのとおりだ。」
「コンピュータに入っているのなら、なんでハッキングしないんだい?わざわざ出向く危険を冒さずに済む。あんたらはプログラムなんだから、ハッキングなんてお手の物じゃないのかい?」
「おれたちの手に負えるシロモンじゃない。」ケリーは苛立たしそうに言った。「クラッキングはもう専門家の仕事だ。おれたちアマチュアの手の出せる範囲じゃない。そもそも、あそこのコンピュータシステムはオンラインじゃない。スタンドアロンなんだ。」
「スタンドアロン?マトリックス自体がバーチャルなんだから、結局はバーチャルなんじゃないのか、違うかい?」
「おれたちはお前さんたちの神様じゃないんだ。世界の外から回っていく訳にはいかんのだよ。それとも、あんたたちができる、って言うのなら話は別だが。それに、そっちを絡めてみても状況はそんなにかわらん。確かにマトリックス内にあるのは現実世界から見ればバーチャルマシンのHAL8501だが、それがバックアップなしのスタンドアロンとは思うまい?あいつはバックアップに現実世界にある現物のハードウェアHAL8501を使っているんだ。しかも、その間は専用線で繋いでいるときている。そもそも汎用的なインタフェースは持っていないんだよ、あのしろものは。」
「じゃあ、センターを爆弾でぶっ飛ばしてもデータは無傷、ってことかい?」
「そうだ。だからこそ出向いて行って、そこからあそことバックアップ両方のデータを消去しなければならないんだ。バックアップを操作できるのは、あそこの端末だけだからな、少なくとマトリックスの中からでは。それだって並のハッカーには荷が重いんだぜ。8500は汎用型番だが、8501の末尾1はカスタムメイドの印なんだ。ほとんど情報は残っていない。あるとしたら、あそこの8501自体の中だな、それも今回手にできればうれしい情報の一つだ。」
「おいおい、だいじょうぶかい?着いたはいいが開けれませんでしたはこまるぜ」N.K.が口を挟む。
「だいじょうぶよ、わたしはそのために何年も勉強してきたんだから。」サティが口を尖らせて言った。「前回あそこに行った人たちは開けられたわ。わたしはかれらの調べた汎用HAL8500の知識はもとより、それ以外の方法についても徹底的に調べてある。自信はあるわ。」
「そうか。…時間はたっぷりあったってわけだ。」N.K.はウインクした。
「OK、納得したか?」ケリーが促した。「…じゃあ、作戦についてだが…」
「ちょっと待ってくれ。もう一つ。いいかな?」こんどはN.K.だ。
「なんだ?もう大して話せることは無いと思うが。」
「ああ、ターゲットについては、な。だが、おれにはもう一つ知っておきたい大事な情報がある。」N.K.はその場の全員を見回して言った。
「あんたたちはおれたちのことを徹底的に調べ挙げてあるようだから気にならんかもしれんが、おれたちはあんたたちのことをほとんど知らないんだ。あんたたちの個人的なことには…それほど(こらっN.K.、サティに色目を使うんじゃない!)…興味は無いが、少なくともあんたたちそれぞれがどんな能力を持っていて、それでどんなことができるかを教えてくれれば、計画の飲み込みも良くなると思うんだけどな。」
「そうね、それも一理あるわね、そんなに時間のかかる話じゃなし。」むっとしたケリーが口を開く前に、サティが答えた。「どうしましょ、私がいいましょうか、それと自己紹介がいい?」
「自己紹介がいいな、おれたちは仲間になんだから。」N.K.が無邪気に注文した。
「じゃあ、わたしから。名前はサティ、機能は「美」を創造すること。その意味では、今回のミッションではあまり役に立たないわね。でも、さっきも言った通り、コンピュータについての知識はあるし、特に今回のミッションのために集中的な調査も済ませてある。オペレーション経験もそこそこあるわ。私はついたところでデータを検索して探し出し、必要なものを選択してそれ以外を消去する作業をすることになる。ま、こんなとこかしら。あとは、見ての通りのカヨワイ女の子よ。じゃ、つぎはケリーね。」
「おれはケリーだ。」かれはちょっとためらってから、続けた。「本来のオレの機能はグラフィクス・アクセラレーションなんだ。マトリックスのな。ただ、ちょっとした問題があって採用されないことになったんだが、そのときメロビジアンにスカウトされてマトリックスに来ることになった。…そう、おれはしばらくはヤツのところで働いていたんだよ。だから内部事情には結構くわしいってわけだ。」
「ほー、裏切り者ってわけだ。」アッシュ!いまはケンカ売る時じゃないだろ!N.K.はひやひやした。
「おれはだまされたんだ!最初はまっとうな仕事だったんだけど、そのうちだんだん汚い仕事をやらされるようになって…。」
「で、あんたの特技は?むちゃくちゃ早く走れるとか?」N.K.が話を戻した。
「…おれは姿を消すことができる。」
「へっ透明人間かい。だったらあんただけでどこでも行って、なんでもかっぱらって来れるじゃないか?」
「おまえはオレをバカにしてるのか?」そのときサティがケリーの手に触り、同時にN.K.がアッシュの足を力一杯踏み付けた。
「…。おれは姿を消すことはできるが、たった10分程度だけだ。それも、単にまわりから見えなくなるだけで、実体はその場にある。目くらましに過ぎん。壁を抜けることもできんし、見えなくても弾丸が当たればそれっきりだ。まあ、それでも忍び込んだり偵察するには十分だけどな。ま、それなりの探偵テクニックには詳しいさ、四六時中透明でいる訳にはいかんのでね。」ケリーはそれだけ言うと、プイと横をむいた。
「あたしはフランソワ」金髪ショートカットの女の子がおそるおそる言い出した。「もともとはメンテナンス用のセンサー制御をしてたんだけど…、あんまりに敏感すぎて、ちょっとしたことで大騒ぎするもんだから。おっぽりだされちゃったの。マトリックス内では、暗いところでもよく見えるし、可視範囲外の光も見ることができるわ。熱分布も見えるから、隠れたものを見つけだすのは得意よ。音も振動から超音波まで感知するから、音源の位置や遠さも解るし、叩いた音から材質を判断したりすることもできる。嗅覚や味覚、つまり化学物質の検出にも優れているわ、すくなくとも普通の人よりは。」
「でも、ケンカとかにはあんまり役にたたないわね」彼女は、はにかんだように目を伏せ、続けた。「一応、怪我の診断とか応急手当とかの知識はあるわ、人並みにね。」
「戦場で救護の必要性を軽んじるヤツは、生き残れないってことだよ」おや、アッシュにしちゃ珍しいな、肯定するなんて。すこしはうまくやって行く気になったかな?
「おれはヘポピーと呼んでくれ。」となりにいた巨大な男が切り出した。まるで相撲取りみたいなヤツだ。
「もともとはトラック・ドライバーさ。ハイウェイを見たことがあるかい?いろんなものを運んでる。荷物の積みおろしもしなきゃならんから、こんな図体してるけど、運転テクでもおれは一番星張ってたんだ。けど、ちょっとしたドジふんじまってね。いや、そんなに酷いもんじゃない、単なるスピード違反、たった法定の4倍速で転がしただけなんだ。トラック・ドライバーからスピード取ったらなにが残るっていうんだい?」にっと笑った顔が妙にかわいらしかった。まるで巨大なヒグマが笑ってるみたいだ。
「でも奴らはあまりに危険だってことでクビにしようってしやがったのさ。おまけに太り過ぎで効率が悪いとまで抜かしやがった。力が必要だから筋肉付けたんだろうが!!まあ、たまたま取り調べ室にあったスチールいすをくしゃくしゃって丸めちまったのがまずかったのかもな。で、こいつと一緒に逃げ出してきた、ってわけ。」かれはとなりの小男をつっついた。大男のとなりにいるので余計小さく見える。
「ぼ、ボクはメカニックのD.D.です。車の設計とメンテナンス、改造とかが専門で…。ヘボピーの車もぼくが改造してあげたんです。ただでさえ突飛な設計をするので、当局に睨まれてたんですが…」
「突飛な設計って?」N.K.が聞いた。
「そうですね…。例えば、縦になって小道を抜けることにできる車とか…他の車の上に乗っかる車とか…赤信号を無視して飛び越える…。」あきれたようなN.K.の顔に気が付いて、言葉が消えた。
「…はい、言いたいことはわかりますよ。とにかく、ボクはいまでもメカニックです。侵入/逃走用の車はもとより、爆弾とか銃のようなもの、さらに特殊な機械類はなんでも扱えます。すこしは助けになるといいのですが…。」
「期待してるぜ」N.K.は納得したようだった。「なるほど。面白いメンバーだな。他のメンバーは?」
「これで全部よ」サティが答えると、N.K.の顔に不安が過った。それをサティは見逃さず、言葉を続けた。
「今回の作戦に直接参加するのはね。バックアップをしてくれる人は他にもいるけど、かれらは実際に突入することはないわ。」
「しかし、前回のときは8人だったんだろう?」
「そう。そして誰も戻ってこなかった。でも、今回は戻ることは二の次。あなたたちが情報をもって脱出し、私たちはデータを消去する、それがミッション目標よ。必要にして十分だと思うわ、わたしたちの計画では。あなたがたは私たちのバックアップ要員については知る必要が無い、でしょ?」
N.K.もアッシュも返す言葉が無かった。
「じゃあ、ケリー、計画を話してくれる?」
その後、おれたちは数回集まって準備をした。基本的な計画はケリーの用意したものがそのまま採用されたが、若干の変更は加えられた。とくにアッシュのシューティング・テクは連中も予想外だったらしい。自分の身は自分で守れるってことで、だいぶ受けがよくなったみたいだ。
おれ?おれは論外さ。むしろ、アタックから外されそうになったくらいだ、ケリーには役に立たんって顔されちまった。おれは万一のために、必死になって瞬間記憶の練習をしたね、結局はアッシュの写真記憶に頼らざるを得なくなるのは目に見えていたが。それでもおれは、「オレがボスだ」ってことで押し切った。向こうもまあ、あきらめたみたいだね、弾よけは多い方がいいってことで。
だいたいの機材が揃ってきたところで、なんどか訓練までしたんだぜ。突入のためには慣れておかなきゃならないシロモノがいくつかあってな。例によってD.D.の傑作だ。ま、それはお後のお楽しみ(笑)っていうこと。
だが、そうこうするうちに、おれは次第に気掛かりになってきた…アッシュとケリーだ。というか、アッシュが一方的にケリーに突っかかっているように見える。ケリーはおとならしく軽くあしらっているが、それでもイヤな雰囲気になっちまうことがだんだん増えてきた。おれはアッシュを陰に呼んで、こっそり聞いた。
「どうしたんだ?おまえらしくないじゃないか、イヤなやつはただ無視するのがおまえの流儀だとおもっていたが。なにかわけでもあるのか?」
アッシュはそっぽをむいたまま、ぼそっと言った。「べつに。」
「てめえはおれにまでケンカを売るつもりか!?ざけんじゃねぇ!」おれはアッシュを振り向かせた。「おれの目はふし穴じゃねえぞっ!おまえはただ拗ねてるんだ、違うか?このガキが!あいつに負けて、かなわねえって拗ねてやがる。えっ!?どうなんだよ!」
「オレがいつ、あいつに負けたよッ!」アッシュはムキになっておれの手を払いのけ、おれを睨み付ける。でもそれも、おれの視線にぶつかるとすぐ逸れちまった。どうやら図星だったみたいだな。
「なあ、アッシュ…。あいつが司令部に忍び込めたって当たり前だろうが、透明人間なんだからな。おまえのミスじゃないさ。」そう、アッシュは例のメッセージカードがヤツの手で持ち込まれたことを知って、結構落ち込んでいたんだ。「それに、メロビジの事にも詳しいんだから、今回のミッションで指揮を執るのもやむを得ないじゃないか。」
「解ってる。わかってるよ。」アッシュはしぶしぶ認めた。「ケリーが凄いヤツだってことは、オレが一番解ってる。司令部だって、単に姿が見えないからって簡単に入れる訳じゃない。マヌケ落としや自動チェックがうじゃうじゃあるところを抜けるだけだって半端な腕じゃできないさ。こんどの作戦計画だって、メンバーの選択だって、オレには文句のつけようがない。あいつは確かにおれより上手なのさ。その点ではオレは敬服してるよ。ただ…、ただ虫が好かないだけだ。」
「おやおや、おまえが他人のことをそんなに気にすることがあるなんて、ちょっと意外だな。…まさか、気があるんじゃないだろうな?」
「おめーさんじゃないぜ、オレは。」ほう、やっとすこしは気が軽くなったようだな。ニヤッとして先を続けるアッシュ。「…だが、引っかかるところがあるのは確かだ。最近オレもやっとわかったんだ。アイツは…、ケリーはオレのクソおやじに似てンだよ。」
「おまえのオヤジ!?全然似てないじゃないか!」
「ああ、外見は全然だな。おれも最初はなにがヤなのか解んなかった。だが、あいつの自信たっぷりな態度、それにこっちを見下したような物言いなんぞそっくりなんだ。おまけにそれが実際の腕として見せつけられちゃーな。」
「若けーな、ぼうや。アオい、青い。」アッシュの軽いパンチをかわしながら、おれは言った。「そこまで解ってるんなら、どうしたらいいかは解るな?おまえの腕をしっかり見せてやるんだ、口だけじゃなく、な。いつまでもパパの背中をながめてんじゃないぞ、お前らしくもない。」
おれはそこにアッシュを残して出て行った。とりあえずあいつは大丈夫だ。バカじゃないし、そうそう立ち直るのにも時間はかかるまい。だが、まだおれには一抹の不安があった。ケリーの方だ。あいつは大人だから我慢するだろうが、かといって子供の複雑な心理が見通せるとは思えない。へんなしこりが残るとやっかいだな、せっかくの共同戦線なんだから。お、そうそう、こういう話は回りくどいのが得意な女に任せるのが一番だ。あいつも彼女には弱いみたいだしな。おれはサティを探しに行った。
「…というわけだ。あいつにはおれがしっかり説教しといたから、もう大丈夫だとは思う。でも、ケリーにそれとなく吹き込んでおいてもらいたいんだ、あれはケリーを尊敬している裏返しなんだって。いや、おれが言ったってことは言わないでくれ。きみがそう思う、だからかわいがってやってね、とでも言ってくれれば。」
サティはまた面白そうな目をして笑いを堪えている。「やーね、フクザツなのね、人間って。あなたのほうがかれのお父さんみたいよ。…でも、いいわ、わかった。わたしも注意しているから。こんなことでミスしたら大損ですものね。」
「たのむよ。あいつはほんとにシャイでいいやつなんだ…鋼鉄の面の皮の下はね。」おれはそう言ってハッとした。この冗談はヤバいか?あいてはプログラムなんだぞ。
「あなたも結構やさしいのね、見た目に似合わず。」サティはそう言って笑った。どうやら気が付かなかったらしい。
「それはほめてるんだろう?じゃあな。」おれはまだクスクス言っているサティは放っておくことにした。おれはなにか、ますますバカになってきたような気がしてきたんだ。
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2004.10.15 編集